美ノ海の学歴は?出身大学と卒後フリーター志望から角界への理由を調査!

木瀬部屋所属の現役大相撲力士、美ノ海義久(ちゅらのうみよしひさ)関。

沖縄県うるま市出身の32歳で、本名は木崎信志さんです。

そんな美ノ海関ですが、学歴や出身大学が気になりますよね。

また、大学卒業後にフリーター志望だったのに、なぜ角界へ進んだのか、その理由も知りたいところです。

リサーチしてみたら、美ノ海関の意外な経歴と角界入りの理由が分かったので、ぜひ最後まで読んでいってください!

それでは、早速本題に入っていきましょう!

目次

美ノ海の学歴と出身大学を調査

出典:instagram

美ノ海関の学歴について見ていきましょう。

美ノ海関の出身大学は日本大学経済学部です。

美ノ海関は沖縄県うるま市出身で、沖縄市立美里小学校、うるま市立具志川中学校を卒業後、鳥取城北高校に進学しました。

その後、日本大学経済学部に進学しています。

沖縄県出身で鳥取城北高から日大とエリートコースを歩んだが、新入幕は30歳と遅咲きだった。

出典:スポニチ

美ノ海関は5歳から相撲を始め、高校・大学時代には全国大会優勝などのアマチュア実績を残しています。

特に大学での相撲経験が、後の遅咲きのプロ入りに大きく寄与しています。

日本大学で相撲を続けながらアマチュア大会で活躍し、全国大会優勝の経験も持つ実力者でした。

美ノ海関は大学卒業後、2016年3月場所で初土俵を踏み、木瀬部屋へ入門しました。

その後、2018年7月場所で新十両、2023年11月場所で新入幕を果たし、最高位は前頭四枚目(東)まで昇進しています。

生涯戦歴は354勝332敗1休(58場所)、幕内戦歴は100勝95敗(13場所)という成績を残しており、敢闘賞1回の受賞歴もあります。

美ノ海が卒後フリーター志望から角界へ進んだ理由

出典:instagram

美ノ海関が大学卒業後にフリーター志望から角界へ進んだ理由について見ていきましょう。

美ノ海関が角界に進んだ理由は、就職活動に全て失敗し、フリーター志望だったところから木瀬親方の勧めと奨学金返済のために決意したからです。

美ノ海関は大学卒業後、相撲は大学までで辞めるつもりで普通の就職活動をしていました。

しかし、就職活動は全て落ちてしまい、全敗という結果に終わりました。

「相撲、大学までで辞めるつもりだったので。普通の就職活動をしたんですけど、全部落ちてしまいまして…」と話した。

出典:デイリー

美ノ海関自身がインタビューで「相撲は大学までで辞めるつもりだったので、普通の就職活動をしたんですけど、全部落ちてしまいまして」と語っています。

この就職活動全敗の経験が、角界入りのきっかけの一つとなりました。

また、奨学金の返済も含め相撲で稼ぐ道を選び、日本大学出身の木瀬親方の勧めで木瀬部屋に入門した経緯が報じられています。

実は美ノ海関は、就職活動全敗後にフリーターになることを志望していました。

彼は相撲を辞めて一般人と同じ生活に憧れ、「フリーターをやりながら、一般の人と同じ生活をしてみたい」と考えていたそうです。

しかし、幼少期から相撲を続け、高校や大学で全国大会優勝などのアマチュア実績を積んでいた美ノ海関は、相撲への思いが強く、最終的に木瀬部屋に入門して大相撲力士の道を選びました。

この遅咲きのプロ入りは、美ノ海関が実力と精神力で結果を出し続ける原動力となっています。

座右の銘は「七転八起」で、何度失敗しても立ち上がる精神を持っています。

好きな食べ物はラーメン、趣味はサウナで、沖縄出身力士として注目され、左前みつを自慢の技としています。

まとめ

今回は、美ノ海関の学歴や出身大学、そして大学卒業後にフリーター志望から角界へ進んだ理由についてお伝えしました。

美ノ海関は、沖縄県うるま市出身で、鳥取城北高校から日本大学経済学部に進学し、エリートコースを歩んでいました。

大学卒業後は就職活動に全敗し、一度はフリーターを志望していましたが、木瀬親方の勧めと奨学金返済、そして相撲への情熱から角界入りを決意しました。

遅咲きながらも実力と精神力で結果を出し続ける美ノ海関の、今後のご活躍が楽しみですね。

それでは、ありがとうございました!

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