三谷幸喜作品や大河ドラマで存在感を放つ俳優・迫田孝也さん。
実は教員免許を持つ高学歴俳優としても知られています。
鹿児島県出身の迫田さんは、どのような学校で学び、どんな学生生活を送ってきたのでしょうか?
今回は迫田さんの出身校や学生時代のエピソード、そして俳優になるまでの進路について詳しくご紹介します!
迫田孝也の出身校は?大学や高校の学歴を調査

迫田孝也さんの学歴が気になる方も多いのではないでしょうか?
迫田さんの出身高校は鹿児島県立鶴丸高等学校、出身大学は広島大学教育学部です。
鶴丸高校は偏差値74の超難関進学校で、東京大学6名、京都大学7名、九州大学41名などの難関大学合格実績を持つ鹿児島県内トップ校として知られています。
広島大学教育学部は偏差値55で、迫田さんは体育教育学専修で学び、1999年に卒業されました。
迫田さんは大学で保健体育の教員免許を取得しており、中学・高校の保健体育教員として働くことができる資格を持っています。
父親が教師だった影響もあり、当初は教師を目指して教育学部に進学されたそうです。
小学校は指宿市立柳田小学校の出身で、父親の転勤が多く転校を繰り返す幼少期を過ごされました。
中学校については公式発表はされていないものの、その後鹿児島市内の進学校である鶴丸高校に進学されています。
高校時代の同級生には、後に東映プロデューサーとなった和佐野健一さんがおり、俳優になってから何度も一緒に仕事をする縁があったそうです。
2025年6月には母校の鶴丸高校で講演も行っており、後輩たちに自身の経験を語られました。
Wikipedia、大学アーカイブ、学歴専門サイト、読売新聞などで学歴情報は一致しており、迫田さん本人のエピソードも裏付けています。
迫田孝也の学生時代はどんな生活だった?エピソードを紹介

迫田孝也さんの学生時代はどのような日々だったのでしょうか?
迫田さんは文武両道でバレーボールに没頭し、教師を目指す真面目な学生生活を送っていました。
中学時代からバレーボールに熱中し、セッターとしてプレーしていましたが、身長がネックで苦労されたそうです。
高校では男子バレーボール部の主将を務め、ポジションはリベロでした。
偏差値74の超難関校でバレーボール部主将として、自分たちで練習メニューを考えながら部活動に打ち込む文武両道型の生徒でした。
特技として水泳や器械体操もこなし、保健体育の教師になってバレー部の顧問を目指すほどスポーツに情熱を注いでいたそうです。
2025年の母校講演では「高校時代はバレーひと筋」と振り返っておられます。
大学時代は父親の影響で教師を目指して広島大学教育学部に入学し、授業は体育漬けの日々でした。
体育会バレーボール部に入部し、演劇とは無縁の生活を送っていましたが、大学3年の夏に人生の転機が訪れます。
奄美大島での住み込みバイト中に、映画撮影に来ていた山田洋次監督のロケ隊と出会い、役者を志す決意をされました。
父親に「卒業だけはしろ」と条件付きで上京を許され、保健体育の教員免許を取得して1999年頃に卒業されています。
大学広報誌には「体育会で部活動に打ち込んだ」と紹介されており、スポーツに真摯に向き合う学生だったことがうかがえます。
迫田さん本人は「枠にとらわれない自由な生き方」を学生時代に学び、現在の俳優業で実践されているそうです。
迫田孝也の大学卒業後の進路は?俳優になるまでの経緯

教員免許を取得した迫田孝也さんは、なぜ教師ではなく俳優の道を選んだのでしょうか?
迫田さんは広島大学教育学部を1999年に卒業後、教師ではなく俳優の道を選び上京しました。
大学3年時の奄美大島バイトでの山田洋次監督との出会いが転機となりました。
卒業後すぐに東京へ移り、劇団STRAYDOGに入団し約8年間在籍されています。
劇団では舞台を中心に活動を始め、音響、照明、脚本まで幅広く経験を積まれました。
当初は配達のアルバイトをしながら稽古に励み、演劇サークルや同級生とのユニット公演で基礎を固めていかれたそうです。
俳優としての転機は2006年に訪れます。
映画『ザ・マジックアワー』のオーディションに合格し、三谷幸喜監督に見出されたのです。
以降、三谷作品の常連となり、2007年の『英雄誕生』で映画デビューを果たされました。
NHK大河ドラマ『真田丸』『西郷どん』『鎌倉殿の13人』などで知名度を上げ、中堅実力派俳優として確固たる地位を築かれています。
バレーボール経験が身体表現に活き、教育実習の知見も教師役に役立てているそうです。
迫田さんは「どんな場面も100%楽しんで勝負をする。それを当たり前に続けるのが、僕の信条です」と語っており、現場での姿勢の真摯さがうかがえます。
2022年2月には鹿児島県の広報大使「薩摩大使」に任命され、2024年2月には鹿児島市の「ふるさと大使」にも起用されました。
故郷への貢献も続けながら、俳優として活躍の幅を広げ続けておられます。
まとめ
今回は迫田孝也さんの学歴や学生時代、卒業後の進路についてご紹介しました。
迫田さんは偏差値74の鹿児島県立鶴丸高等学校から広島大学教育学部に進学し、保健体育の教員免許を取得された高学歴俳優です。
学生時代はバレーボールに打ち込む文武両道の生活を送り、教師を目指していましたが、大学3年時の山田洋次監督との出会いが人生を変えました。
卒業後は上京して劇団STRAYDOGで約8年間修行を積み、三谷幸喜監督に見出されて俳優としてブレイクされました。
現在は三谷作品や大河ドラマで活躍する中堅実力派として、確固たる地位を築いておられます。
スポーツマンとしての身体能力と教育者としての知見を活かし、唯一無二の存在感を放つ迫田孝也さん。
今後のさらなる活躍が楽しみですね!

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